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シングルマン [映画感想−さ]

ある世界で成功を収めた人が他の分野でも必ず成功するとは限りません。
日本ではミュージシャンや作家、コメディアンなどが映画監督によく挑戦しますが、
成功したと言える人はかなり限られていると思います。
では海外ではどうかというと、作家や画家、俳優などがメガホンを取ることはよくあるけれど、
異業種から監督業へという人は意外に少ない気がします。
今作の監督トム・フォードはファッションデザイナーというまったく他所からの参戦でありながら、
驚くほど完璧な映画を作り出してしまいました。


1962年11月30日金曜日、ロサンゼルス。
大学教授のジョージ(コリン・ファース)はある夢にうなされながら目を覚まします。
それは長年のパートナーであったジム(マシュー・グード)が、
雪原で横転した車の脇で血まみれになって息絶えている姿。
8ヶ月前にジムを事故で失ったジョージの悲しみは今も癒えず、むしろ日ごとに深まるばかり。
生きる意味を失い、抜け殻のようになったジョージはその朝、
いつものように仕事へ向かう準備をしながら、この苦しみを終わらせようと決意します。
大学へ向かい、いつもより熱く自身の心情を交えた講義を終えるジョージ。
すると、彼の講義に感銘を受けた学生のケニー(ニコラス・ホルト)が近づいて来て・・・。


悪夢
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ファッションデザイナーも創造するという点ではアーティストであるわけだし、
映画製作との共通点も多いのではないかと思います。
当然ながら高い美意識を持った職種の人なのだから美しい映像を作り出すことのこだわりは強く、
また、そうすることに無理はないのかも知れません。
しかし、こういった美意識の高い職業の人・・・画家や写真家などが映画監督となると、
なんとなく美しい映像だけの、雰囲気だけで流れていくようなものになりがちだったりしますが、
この作品は、そんな心配はまったくありませんでした。

愛する人を亡くした悲しみから立ち直れないジョージは粛々と自ら命を絶つ準備を進めます。
部屋を片付け荷物を整理し、葬式での自分の死装束まで用意する。
この服に付けるノートの"指示"にジョージという人のこだわりが見え、
またそこにはトム・フォードのファッションデザイナーとしてのこだわりもあるのかなと思ったり。
それらは決して嫌味でなく実にスマートなのですが、しかしその後、
ジョージがいざ銃口を銜えようとするとなかなか体勢が整わずもたついてしまう無様さに繋がると、
それまでの無駄も抜かりも無い彼の様子に人間臭い悲しさと滑稽さが混ざり、
ジョージと、この作品そのものをなんとも愛おしいものにしていたように思いました。


現実
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普段は鬱陶しく思っていた隣家の少女や、ふいに言葉を交わしたスペイン人の青年など、
最後となるであろう日にジョージはいくつもの出会いや発見をします。
また、長年の"親友"であるチャーリー(ジュリアン・ムーア)と昔話に心から笑い興じ、
複雑ながらも楽しいひとときを過ごします。
そしてジョージは自分を慕って近づいてくるケニーと出会う。
若く美しいケニーとの束の間の戯れに、ジョージは微かに生きる希望を抱きます。
そしてラストにジョージに訪れるのは・・・。
この終わり方は、裏切りでもあるし当然の成り行きでもあると思いました。
まさになるようにしかならない結末で、これを悲劇と取るかハッピーエンドと思うかは、
ジョージにしか決められないことかも知れませんが、
そこで観客が見せられる映像はあまりにも美しく優しく、
私にはこれ以上ないハッピーエンドだと感じ、胸が震えました。

60年代においてはまだ相当にタブーであったという同性愛を描いていますが、
しかしことさらにそれを強調するわけではありません。
ジョージの悲しみや葛藤は現代でも、そして異性愛でも十分に通じるものであり、
そのため話そのものに何か目新しさを感じるようなものにはなっていません。
また、ジョージの朝から夜までのある一日だけを描いた話でありながら、
夢や心象風景、ジムとの過去の出来事なども見せたりと、たびたび時間軸が動かされるのですが、
それも流行りのオシャレな映像といった小手先のものにはなっていません。
あらゆる事柄が研ぎ澄まされ削ぎ落とされ、そしてそれが適切に美しく飾り付けられていて、
ひとつとして無駄なものが描かれていないと言ってもいいと思いました。


孤独
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設定である1962年の作品なんじゃないかと錯覚してしまうほど完璧に再現された60年代。
(最初にこの作品のポスターを見たとき、黒縁メガネのコリン・ファースが、
マルチェロ・マストロヤンニに見えてしまい、てっきり昔の作品だと思ってしまった!)
色彩、構図といった映像的なことからファッションや家具や小物類、
そしてキャスティングまで含めてほぼ完璧と言っていい美しさで満ち溢れています。
特に映像全体の色づかいが素晴らしく、レンズの前に薄い布を何層か被せたり、
あるいは一気に剥がしてみせたりしているような、実に細かく繊細な色彩の変化。
ジョージの心の動きによって彼が見ている景色が変わる様を色彩の微妙な動きで表しているようです。

主要な男性陣、コリン・ファース、ニコラス・ホルト、マシュー・グードは、
それぞれがそれぞれの託された役柄を素晴らしく完璧に演じていました。
特に最初から死人であり過去の人であるジム、彼を演じるマシュー・グードは、
ジョージの目を通した姿であるとはいえ、ゲイであることを恐れず、
まっすぐにジョージを愛する屈託のない瞳で、とにかく素晴らしく魅力的でした。
(個人的な贔屓目かも知れませんが!)
ほんのひとときジョージと関わりを持つ、スペインから来た男に、
トム・フォードのモデルでもあるジョン・コルタジャレナ、
ジョージの同僚役としてワンシーンのみ出演のリー・ペイス、
さらに本当にちらりとしか見えない隣人役でテディ・シアーズが登場しますが、
いずれも美形な俳優を贅沢に使っていて、このあたりの揃えっぷりはさすがです。


希望
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そんな、見た目もファッションも美しい男性陣に比べて女性の描き方は、
アイラインや口紅のクローズアップでことさらに"女"を強調され、
それが当時のスタイルではあるとしても"女はこんなである"と言わんばかりなのですが、
しかしこれが私には不思議にイヤな表現には感じられず、
女性キャラクターたちにもきちんと尊敬や愛情の眼差しを向けているように思えました。
そこが、あからさまに女優はどうでもいい描き方の(そのつもりはないかも知れませんが)、
ガス・ヴァン・サントなんかとは違うところかなと思いました。
中でも女性陣の代表として登場するジュリアン・ムーアの、
年相応のシワやシミ、体型の崩れ方を隠すことなく見せながらも、
それを単純に醜いものや哀しいものとしては描いてなくて、
彼女がどんな人であるかの描写はほとんどありませんが、ジョージへの想いが叶わない哀しさ、
自堕落に見える生活にも理由があると思わせる、敬愛の眼差しがきちんと感じられました。
もちろんジュリアン・ムーア自身がそもそも持つ上品さがあってのこととも言えるかも知れません。
いわゆる同性愛を描いた映画における異性のぞんざいな扱いとはまったく違って、
それはトム・フォードの演出力なのか偶然によるものかわかりませんが、
結果的に物語の特異性のようなものを良い方向に薄め、高めているように思いました。

この文章中、何度「美しい」という言葉を使ったか、数えるのも恥ずかしいぐらいなのですが、
映像もストーリーも美しいとしか言い表せない、それが実に心地よく豊かなものを残してくれた気がします。
大学教授と若者の取り合わせがなんとなくヴィスコンティの『ベニスに死す』を思い出させ、
それを持ち出すのは褒めすぎかも知れませんが、監督第一作でここまでのものを作り上げた、
そのことは無条件に持ち上げてもいいと思います。
トム・フォードが今後どういった映画監督となっていくのかはわかりませんが、
期待せずにはいられない、彼の映画界への進出を心から感謝したい気持ちでいっぱいです。
ファッションデザイナーが映画監督なんて、ゲイの監督がゲイの話なんて・・・という、
つまらない偏見を持って観ないでしまったらおそらく一生後悔するぐらいの、
真っ当で真っ直ぐな、美しい映画。ぜひ。


A Single Man(2009 アメリカ)
監督 トム・フォード
出演 コリン・ファース ジュリアン・ムーア ニコラス・ホルト
   マシュー・グード ジョン・コルタジャレナ ジニファー・グッドウィン
   ライアン・シンプキンス テディ・シアーズ リー・ペイス



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